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京都地方裁判所 昭和41年(行ウ)16号 判決 1974年11月29日

京都市南区八条大宮西入八条町四五四ノ一

原告

若松繁雄

右訴訟代理人弁護士

吉川幸三郎

前田進

高橋進

右訴訟復代理人弁護士

桑嶋一

京都市下京区間ノ町五条下る

被告

下京税務署長

毛利政男

右訴訟代理人弁護士

溜池英夫

右被告指定代理人

河原和郎

中川平洋

関襄

鳴海雅美

樋口正

牛居秀雄

米田一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四〇年七月一二日付でした、原告の昭和三八年度分所得税の総所得金額を六八九万五七八〇円と更正した処分のうち、三三四万二一四七円を超える部分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、昭和四〇年七月一二日付で別表原処分の額欄記載のとおり、昭和三八年度分の所得税の更正処分をなした。

原告は、右処分が事実を誤認し法律の適用を誤つていることを理由に昭和四〇年八月一二日異議の申立をしたが、同年一〇月二六日これを棄却する旨の決定がなされ、さらに大阪国税局長に対し同年一一月一七日審査請求をしたが、昭和四一年八月二四日別表裁決後の額欄記載のとおり一部取消の裁決がなされた。

2  しかし、原告の昭和三八年度分の所得は、別表原告の主張額欄記載のとおりであつて、被告のなした前記処分は誤つているから、右処分のうち原告の主張額を超過する部分の取消を求める。

二  請求原因に対する答弁

請求原因1は認めるが、同2は争う。

三  抗弁

1  原告は、昭和三八年一〇月一五日有限会社松月堂を設立するまで、京都市南区西九条小寺町三番地において「松月堂」なる屋号で菓子製造販売業を営んでいたが、訴外日本国有鉄道(以下国鉄という)が東海道新幹線用地買収のため原告に立退きを求め、原告は右申出を承諾し、昭和三八年四月三日及び同年九月五日の二度にわたり国鉄から次のとおり総額一二一八万七〇〇〇円の補償金を受領した。

家屋移転補償 一〇〇万二〇〇〇円

転居補償 二五五万二〇〇〇円

営業補償 七三八万四〇〇〇円

損失補償 八八万九〇〇〇円

機械設備補償 三六万円

2  右の国鉄の補償金の支出は、公共用地の取得に伴う損失の補償を一層円滑かつ適正に行なうために、昭和三七年六月一九日閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下単に要綱という。)に則りなされた。

(一) 家屋移転補償金

右は、要綱にいう建物等の移転料に替えて支払われた建物等の取得補償金に該当し、原告が賃借していた訴外杉浦健弘所有の建物(京都市南区西九条小寺町所在、木造瓦葺二階建、一階一八坪、二階一八坪のいわゆる二軒長屋のうち、その半分の一階九坪、二階九坪)に附設した原告所有の家屋(住家及び作業場四三・三平方メートル)の補償である。

(二) 転居補償金

右補償金の内訳は次のとおりである。

(1) 移転損失 (イ) 権利金相当額 九七万二〇〇〇円

(ロ) 家賃差額損失 一五〇万円

小計 二四七万二〇〇〇円

(2) 移転雑費 (イ) 動産運搬費 二万六一〇〇円

(ロ) 什器破損費 七五〇〇円

(ハ) 転費 四万六四〇〇円

八万円

右のうち、移転損失は、借家人があらたに旧借家に照応する他の建物を賃借りするために通常必要とする権利金、礼金等の費用及びあらたな借家と旧借家の賃借料差額の補償を行なつたもので、要綱にいう借家人補償に該当し、また、右の移転雑費は要綱にいう移転雑費に該当する。

(三) 営業補償金

右補償金の内訳は次のとおりである。

営業休止補償 五六万八〇〇〇円

得意先喪失補償 六一八万六〇〇〇円

営業休止補償は、移転に伴い通常営業を一時休止する必要があると認められる場合に、通常休業を必要とする期間中の所得減及び営業用固定経費の補償をなすものであり、得意先喪失補償は、休業又は店舗の位置変更により一時的にに得意先を喪失することによつて通常生ずる損害を補償するもので、いずれも要綱三二条に該当するものであるが、昭和三八年度における原告の一ケ月当りの純利益五六万八〇〇〇円を基準として、休業補償は休業必要期間を一ケ月とし、右一ケ月分の五六万八〇〇〇円を、得意先喪失補償は、損失回復期間を一二ケ月とし、その一二ケ月分の六八一万六〇〇〇円と定められた。

(四) 損失補償金

右補償金の内訳は次のとおりであり。

店舗改造費 五七万四〇〇〇円

地代差額 三一万五〇〇〇円

右の店舗改造費は、要綱二四条にいう建物等の移転料に替えて支払われた建物及びその造作の取得補償金に該当し、原告が賃借していた建物を事業用に供するため造作を加えた費用に対する補償である。地代差額は、原告所有家屋の土地利用関係に対する補償であつて、当該土地に照応する他の土地を賃借する場合の地代差額の補償を行なつたものであり、これは土地利用関係の基因となつた借家権の補償すなわち要綱にいう借家権補償に含まれるものである。

(五) 機械設備補償金

右は、賃借家屋に設置した機械設備のうち、移転することが困難と認められるものにつき補償をしたもので、要綱二五条の建物等の取得補償金に該当する。

3  補償金のうち、事業について減少することとなる収益、または生ずることとなる損失の補てんに充てるものとして交付を受けるもの(収益補償金)については、当該補償金の交付の基因となつた事実の態様に応じて、不動産所得の金額、事業所得の金額または雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入することになる。本件営業補償金は収益補償金にあたるから、これを事業所得の収入金額に算入し、その金額から必要経費を差引いた金六〇九万九六〇三円が補償金にかかる事業所得の金額となる。その計算根拠は次のとおりである。

(一) 収入金額 七三八万四〇〇〇円

(二) 必要経費(1)+(2)+(3)+(4)+(5) 一二八万四三九七円

(1) 店舗設備滅失損 五七万七五八五円

(2) 什器備品滅失損 九万二〇八二円

(3) 借入金利息 一五万六九〇〇円

(4) 従業員退職金 三五万二〇〇〇円

(5) 広告宣伝費 一〇万五八三〇円

(三) 営業補償金による事業所得(一)-(二) 六〇九万九六〇三円

4  原告の昭和三八年度の本来の事業所得金額は三八万七二〇〇円であるから、原告の昭和三八年度の事業所得金額は、前記六〇九万九六〇三円を加えた六四八万六八〇三円となる。

5  原告は、国鉄の補償金を取得する以前の昭和三八年七月二五日、賃貸人の訴外杉浦健弘から前記2の(一)記載の家屋の賃借権消滅の対価として、六五万円を受領している事実が裁決後に判明した。したがつて、補償金のうち、転居補償金の移転損失権利金相当額九七万二〇〇〇円及び家賃差額損失一五〇万円、合計二四七万二〇〇〇円は、借家権補償ではなく、借家権を有しない家屋の占有者に対する立退き補償金に該当することとなるから、右金員は一時所得の収入金額に算入すべきであり、前記訴外杉浦から取得した六五万円は譲渡所得の収入金額に算入すべきことになる。したがつて、右二四七万二〇〇〇円と六五万円の合計額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する一四八万六〇〇〇円が譲渡所得及び一時所得の総所得金額となる(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法九条)。

6  よつて、原告の課税総所得金額は七七四万三六五三円(被告は七七四万四二五三円と主張するが誤記と認める。以下同じ。)となるが、その計算根拠は次のとおりである。

(一) 事業所得金額 六四八万六八〇三円

(二) 譲渡所得及び一時所得合計額 一四八万六〇〇〇円

(三) 給与所得金額(1)-(2) 二一万七六〇〇円

(1) 給与所得収入金額 二八万二〇〇〇円

(2) 給与所得控除額 六万四四〇〇円

(四) 総所得金額(一)+(二)+(三) 八一九万〇四〇三円

(五) 総所得金額から控除すべき金額 四四万六七五〇円

(六) 課税総所得金額(四)-(五) 七七四万三六五三円

7  したがつて、原告の総所得金額は裁決によつて一部取消された後の原処分額を超えているから原告の主張は失当である。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1の事実は認める。但し原告が補償金を受領した時期は昭和三七年六月二日及び同三八年八月頃の二回である。

2  同2、3の事実は否認する。

3  同4のうち、原告の昭和三八年度の本来の事業所得金額が三八万七二〇〇円であることは認めるが、その余は否認する。

4  同5ないし7のうち給与所得金額は認めるがその余の事実は否認する。

5  被告は営業補償金七三八万四〇〇〇円を事業所得の収入としているが、これは国鉄が補償金額に附した名義にとらわれて、補償金の実質を看過すものであり、「補償金の額は名義のいずれであるかを問わず資産の収用等の対価たる金額をいう。」とする租税特別措置法三一条四項の規定に違反する違法の更正処分である。

事業を営む者が収用等の場合に営業権に対する補償を要求するのは当然であり、国鉄が交付した補償金の名義のうちには営業権補償というものはないけれども、営業補償名義のうちに営業権に対する補償が含まれていることは明らかである。

買収時における国税庁の営業権の取扱いは、昭和三五年直所一-一一、三九第二項但書3の、「売上高などの収益を基準として算定された、いわゆる営業補償名義による補償金を受ける場合において、その営業者が永年にわたりその場で営業を行ない確定された得意先を有していたなど、その場で営業を行うことにつき特別の利益を有していたため、通常の場合に比して多額の補償金が支払われたと認められるときは、その営業補償の名義による補償金のうち通常の場合に比し多額と認められる部分の金額を営業権の対価とし、その営業権の譲渡所得の総収入金額とする」との規定によつていた。この公開通達は買収交渉当時国鉄から示されたものであり、原告もこの通達による取扱いを信じて交渉に応じたものである。原告は一五年の永きに亘り同一の場所で同一の営業を行ない、確定された得意先を有していたことなど、その場所において営業を行なうことにつき特別の利益を有していたため、通常の場合に比し多額の営業補償名義の補償金が支払われたものであり、右通達に定める条件に合致する。

しかるに、被告は、営業補償という国鉄が附した名義にとらわれて、営業補償即収益補償と速断し、原処分において収益補償の額を六三二万七〇九五円(裁決では抗弁4のとおり六四八万六八〇三円)と計算している(事業所得の更正所得の更正額六六二万七〇九五円から補償金以外の事業所得の見積額三〇万円を差引いたもの。)。しかし、収益補償である以上、特殊事情を加味して多く見積つても五年分を限度とすべく、昭和三八年度の原告の事業所得の見積額三〇万円に五年を掛けた一五〇万円が収益補償金としてふさわしい額であり、これの通常の金利による複利年金現価の額は九七万二〇〇〇円となる。したがつて、原処分において被告が算出した収益補償額六三二万七〇九五円から右の九七万二〇〇〇円を控除した残額五三五万五〇九五円は収益補償以外の金額であり、その内容は営業権の譲渡対価及び借家権の譲渡対価である。

借家権補償については、買収交渉の過程において国鉄は一戸あたり七五〇万円と見積られた建築資金を代替住居の取得費として交付すると言明した。借家権は土地収用法五条二項の規定により収用することができる資産であるから、租税特別措置法三一条一項(1)又は(2)に規定する資産に該当する。借家権に対する補償額は七五〇万円を内輪に見積つて二割の一五〇万円がその補償額である。借家権に対する補償は対価補償であるから租税特別措置法の規定を適用すれば譲渡所得は零となる。したがつて、営業権の譲渡による収入金額は、前記五三五万五〇九五円から借家権の補償額一五〇万円を差引いた三八五万五〇九五円であり、右営業権の譲渡対価は譲渡所得の総収入金額に算入され、課税譲渡所得の額は次のとおり一八五万二五四七円となる。

(3,855,095-150,000)÷2=1,852,547円50銭

以上によれば、昭和三八年度分の所得金額は次のとおり三三四万二一四七円となる。

営業所得 一二七万二〇〇〇円

内訳 収益補償 九七万二〇〇〇円

右以外のもの 三〇万円

給与所得 二一万七六〇〇円

譲渡所得 一八五万二五四七円

総計 三三四万二一四七円

五  原告の主張に対する被告の反論

原告は、昭和三五年直所一-一一国税庁長官通達三九第二項但書3を根拠に、本件営業補償金のうちに営業権に対する補償が含まれており、右営業権に対する補償部分は譲渡所得の収入金額であると主張している。

しかし、右通達は昭和三九年一月二一日直審(所)三国税庁長官通達により一部改正され、その際右三九第二項但書3の条項は削除された。したがつて、右条項は本件収用補償金に適用されないものである。

仮に、前記通達が適用されるとしても、本件収用補償金は右条項に該当するものではない。すなわち、同通達は三九第一項において、「収用にともない、漁獲、農耕、販売その他の事業の遂行が一時制限され、または事業の全部もしくは一部を休止することとなるため、その制限または休止により減少することとなる収益の補償として受ける補償金は、事業所得の総収入金額に算入すること。」と定め、これらの場合の補償金は当然事業所得の収入金額とされることを明らかにするとともに、その第二項本文において、「前項の補償金のほか、収用にともなつて事業の全部または一部を転換しまたは廃止することとなるために受けるいわゆる離作補償、漁業補償、営業補償その他収益を基準として受ける補償金についても、また同様とすること。」としているが、ただこの転廃業の場合には権利の消滅または価値の減少に対する対価が含まれていることがあるので、第二項の但書1ないし4において、権利の対価と認められる部分については譲渡所得の収入金額として取扱うべきことを定めたものである。

本件の場合、原告は営業を一時休止し、店舗を近距離の地(京都市南区八条大宮西入る八条町四五四ノ一)に移転したのみで、営業の一部または全部を転換または廃止した事実はないから、右通達第二項但書の適用はないといわねばならず、原告が右但書の適用を主張するのは失当である。

さらに、原告は、本件補償金を取得した後、原告個人で行なつていた和洋生菓子の製造販売業を法人化して、同種事業を営なむ有限会社松月堂を昭和三八年一〇月一五日設立した。右は実質的に見れば、右会社が原告個人から営業譲渡を受けたものに外ならないが、営業譲渡の場合には営業権が資産化する関係上その評価を行なうべきであるにもかかわらず、原告個人と有限会社松月堂はともに何らその評価をしていない。この点からも原告の事業に営業権が存在しないことは明らかである。

また、原告は、営業補償金の中には借家権の対価が含まれていると主張する。しかし、原告は訴外杉浦健弘から家屋を賃借していたが、昭和三八年七月一五日同訴外人との間に、原告は右家屋賃借権の対価として同訴外人より六五万円を受領し、原告から国鉄に対して借家権の補償は一切要求しないことが約定され、昭和三九年一月二九日原告は同訴外人から六五万円を受領した。さらに、原告は国鉄から転居補償金を受領しているが、その中には前記のとおり借家権の対価たる権利金相当額が含まれているのである。したがつて、営業補償金の中には借家権の対価は含まれていない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第四号証を提出

2  証人高田厳の証言を援用。

3  乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし一一、第七号証の一、二、第八号証の一ないし四、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一七号証の各成立は認める。第九ないし第一一号証、第一五、第一六号証の各成立は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし一一、第七号証の一、二、第八号証の一ないし四、第九ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一七号証を提出。

2  証人小田良三、同広幡富三郎、同竹本阪太郎、同漁野和馬の各証言を援用。

3  甲第一ないし第四号証の成立は認める。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

原告が京都市南区西九条小寺町三番地において「松月堂」なる屋号で菓子製造販売業を営んでいたこと、国鉄が東海道新幹線用地買収のため原告に立退きを求めたので、原告は右申出を承諾し、昭和三八年中に二度にわたり国鉄から次のとおり総額一二一八万七〇〇〇円の補償金を受領したことは当事者間に争いがない。

家屋移転補償金 一〇〇万二〇〇〇円

転居補償金 二五五万二〇〇〇円

営業補償金 七三八万四〇〇〇円

損失補償金 八八万九〇〇〇円

機械設備補償金 三六万円

原告は、その店舗を近距離の南区八条大宮西入る八条町四五四ノ一に移転し、そのため一時休業した旨の被告の主張を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

三  証人小田良三及び同高田厳の各証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、証人漁野和馬の証言により真正に成立したものと認められる乙第一五、第一六号証、成立に争いのない乙第一四、第一七号証及び証人竹本阪太郎、同高田厳、同広幡富三郎の各証言を総合すれば以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  前記国鉄の補償金の支出は、公共用地の取得に伴う損失の補償を一層円滑かつ適正に行なうために、昭和三七年六月一九日閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に従つてなされたこと。

2  前記のとおり、原告が立退きのため営業を一時休止し、店舗を近距離の地に移転しているので、国鉄は右基準要綱三二条(営業休止等の補償)に該当するものとして、移転に伴い通常営業を一時休止する必要があると認められる場合に、通常休業を必要とする期間中の所得減及び営業用資産に対する固定的な経費を補償する休業補償金と、休業すること、または店舗等の位置を変更することにより一時的に得意先を喪失することによつて通常生ずる損失額を補償する得意先喪失補償金との両者を支払うことにしたこと。

3  国鉄は右補償金の額を決定するため、訴外高田厳、同中沢務の両計理士をして、原告の売上元帳、仕入元帳等を閲覧するなどして原告の営業実態を調査し、これに基づき昭和三八年度における原告の一ケ月当りの補償すべき純利益を五六万八〇〇〇円であると認め、休業補償としてはその一ケ月分の五六万八〇〇〇円を、得意先喪失補償としてはその一二ケ月分の六八一万六〇〇〇円(合計七三八万四〇〇〇円)を相当とすると査定したこと。

四  補償金のうち、事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補てんに充てるものとして交付を受けるもの(収益補償金)については、当該補償金の交付の基因となつた事業の態様に応じて、不動産所得の金額、事業所得の金額または、雑所得の金額の計算上総収入金額に算入することになるのであるが、本件営業補償金は、右認定したところから、収益、補償金であることは明らかであるから、これを原告の事業所得の総収入金額に算入すべきである。

なお、原告は、本件営業補償金のうちには営業権の補償金も含まれており、昭和三五年二月二日付直所一-一一国税庁長官通達三九第二項但書3に該当するから、右営業権に対する補償の部分は譲渡所得の収入金額として取扱うべきであると主張する。

しかし、右通達が適用されるとしても、成立に争いのない乙第一号証(右通達)によれば、右通達の三九は次のとおり定めている。

(収用の場合の休業補償、農業補償、漁業補償の取扱)

三九 収用にともない、漁獲、農耕、販売その他の事業の遂行が一時制限されまたは事業の全部もしくは一部を一時休止することとなるため、その制限または休止により減少することとなる収益の補償として受ける補償金は事業所得の総収入金額に算入すること。

前項の補償金のほか、収用にともなつて事業の全部または一部を転換しまたは廃止することとなるために受けるいわゆる離作補償、漁業補償、営業補償その他収益を基準として受ける補償金についても、また同様とすること。ただし、収用の場合における特殊な事情にかえりみ、次に該当するものについては次によること。

1~4略

右によれば、原告が適用を主張している第二項但書3は、第二項本文をうけ、事業の全部または一部を転換しまたは廃止することになるために補償を受ける場合には、それが収益を基準として算定されるものであつても、実際には補償金中に権利の消滅または価値の減少に対する対価が含まれていることがあるので、右の権利の対価と認められる部分については譲渡所得の収入金額として取扱うことにしたものと解されるのである。

しかるに、前記のとおり、原告は営業を一時休止し、店舗を近距離の地に移転したのみで営業の一部または全部を転換または廃止した事実はないから、右通達但書の適用はないものといわなければならず、右適用を主張する原告の主張は採用できない。

五  そこで、右補償金を取得するために要した費用について判断する。

証人広幡富三郎の証言及び右証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一〇、第一一号証によれば、原告は本件補償金取得の原因である店舗移転のため以下に認定するような合計一三六万六三九七円の費用を要したことが認められる。

1  店舗設備滅失損

原告は昭和三七年六月に六二万三二九〇円を支出して移転前の店舗に設備を施したが、本件移転に伴い右設備が滅失したのでこれにより滅失までの減価償却額四万五七〇五円を差引いた五七万七五八五円の損失を蒙つたこと。

2  什器備品滅失損

本件移転により、原告が昭和三六年九月に一一万八七五〇円で取得した什器備品が滅失したので、これにより原告は滅失までの減価償却額二万六六六八円を差引いた九万二〇八二円の損失を蒙つたこと。

3  借入金利息

原告は銀行から金員を借りその利息として一五万六九〇〇円を支払つたこと。

4  従業員退職金

原告は従業員の大村不二義外二名の退職に際し退職金として合計三五万二〇〇〇円を支払つたこと。

5  移転雑費

原告は本件移転に伴い、新店舗の開店経費、通知等のため八万二〇〇〇円を支出したこと。

6  広告宣伝費

原告は新店舗の広告等のため一〇万五八三〇円を支出したこと。

尤も、前掲乙第一〇、第一一号証によると、原告は本件係争年分の所得税の修正申告に際し、必要経費として右認定の外に、(1)店舗設備滅失損として、昭和三六年九月に二九六万九〇〇〇円を、また、その頃五七万四〇〇〇円を支出し、減価償却額を差引いた三一八万九一九四円、(2)機械設備滅失損として、五八万一二二五円、(3)什器備品滅失損として一八万五〇〇〇円、(4)借入金利息として三一万九七〇八円、を申告している。

しかし、前掲証人広幡富三郎の証言によれば、(1)の店舗設備滅失損のうち、原告主張の昭和三六年九月に二九六万九〇〇〇円を支出した分は、同証人の調査によると、原告の店舗にその頃、そのような多額の金をかけて造作した形跡は認められず、しかも以前から国鉄新幹線が通りそのため土地が買収されることが知られていたのに多額の造作をすることは不自然であるし、仮に造作したとすれば、約三〇〇万円は十分新築できる金額であるから移転補償とは別に建物買取としての補償が出るはずであり営業補償から差引くべきものではなく、また別の店舗改造分として原告が主張している五七万四〇〇〇円は支出時期が不明確であり、仮に支出されているとしても昭和三八年以前に認められているはずであり、また(2)の機械設備滅失損については、国鉄新幹線が通過することが知られていた昭和三六年九月の時点において、しかも原告程度の店舗で六九万円もの機械を買入れる必要は認められず、(3)の什器備品滅失損については、什器備品を取得したという領収書等の証拠資料がなく、さらに(4)の借入金利息については、一五万六九〇〇円は銀行借入れで計算書があり明確であつたが、他の部分については借りたという証拠がなかつたという事実が認められ、他に前記1ないし6記載の費用合計一三六万六三九七円以外に原告申告のような必要経費を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、前記補償金を得るための必要経費は、以上の合計額一三六万六三九七円となるから、補償金にかかる事業所得の金額は、これを差引いた六〇一万七六〇三円となる。

六  本件係争年分の原告の本来の事業所得金額が三八万七二〇〇円であることは当事者間に争いがない。したがつて、原告の本件係争年分の事業所得金額は六四〇万四八〇三円となる。

七  成立に争いのない乙第三、第四号証及び証人漁野和馬の証言によつて真正に成立したものと認める乙第一六号証によれば、原告が国鉄から本件補償金を取得する以前の昭和三八年七月一五日に原告と賃貸人の訴外杉浦健弘との間で、対価六五万円で借家権を消滅させる旨約し、昭和三九年一月二九日原告がこれを受領した事実が認められる。

右事実によれば、補償金のうち転居補償金の移転損失権利金相当額九七万二〇〇〇円及び家賃差額損失一五〇万円、計二四七万二〇〇〇円はもはや借家権補償ではなく、借家権を有しない家屋占有者に対する立退き補償金に該当するから、右金員は一時所得に算入すべきものであり、前記杉浦から取得した六五万円は譲渡所得の収入金額に算入すべきことになるから、右二四七万二〇〇〇円と六五万円の合計額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する一四八万六〇〇〇円が譲渡所得及び一時所得の総所得金額となる(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法九条)。

次に原告の給与所得収入額が二八万二〇〇〇円であり、給与所得控除額が六万四四〇〇円であることは当事者間に争いがない。

八  以上によれば、原告の本件係争年分の課税総所得金額は七〇一万八四〇三円となるが、計算根拠は次のとおりである。

(一)  事業所得金額 六四〇万四八〇三円

(二)  譲渡所得及び一時所得 一四八万六〇〇〇円

(三)  給与所得金額 二一万七六〇〇円

(四)  総所得金額から控除すべき金額(当事者間に争いなし)四四万六七五〇円

(五)  課税総所得金額(一)+(二)+(三)-(四) 七六六万一六五三円

したがつて右金額の範囲内でなされた被告の本件処分は適法である。

九  よつて、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 谷村允裕 裁判官 永田誠一)

別表

<省略>

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